藤枝宿現代の藤の名所・蓮華寺池公園~神話時代から愛されたあてなる花~

蔓状の枝から房状に咲く小さな花を風に揺らす藤が、甘い香りを漂わせる季節になりました。
藤は古くから観賞用として栽培され、特にノダフジとヤマフジは日本の固有種として知られています。
4月後半になると市内のいたるところで鈴なりに花を咲かせ、私たちの目を楽しませてくれる藤が、昔の人々にとってどのような存在だったのかご存じでしょうか。

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藤の文献上の初出は、奈良時代に書かれたとされる『古事記』。春山之霞壮夫(はるやまのかすみおとこ)という神の婚姻説話で、藤で作った衣服や靴、弓矢を身に着けて伊豆志袁登売神(いずしおとめのかみ)という女神の家を訪れると、そのすべてが藤の花になったという不思議な話が語られています。
この神話的意味は諸説あって定かでありませんが、この説話からは古来藤がどのような存在だったのかを見てとることができます。

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その一つが、丈夫な衣としての利用。
実は藤は、古事記が書かれるよりはるか昔から利用されており、古くは弥生時代の遺跡から藤の繊維で作られた「藤布」が出土しています。
奈良・平安時代の和歌でもしばしば「藤衣」という言葉が出てきますが、これは藤の繊維を編んだ質素な衣服、転じて喪服を意味する言葉です。
藤は繊維としても優秀で、藤の繊維を織って作られた藤布は丈夫で水に強いことから、仕事着などとして麻や木綿の衣料が普及するまで庶民の間で広く全国で使われていたそうです。
同じ静岡県内でも浜松市水窪町では大正末期まで藤布を製作しており、その織機や製品は県の有形民俗文化財に指定されています。

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そしてもう一つが美しい花としての観賞。
古事記と同じく奈良時代に成立したとされる『万葉集』には、藤が詠われた歌が26首収録されています。中には藤衣を詠んだものもありますが、「藤浪(ふじなみ)」という言葉で詠われているものが多くみられます。これは、藤の花が風に揺れるさまを波にたとえたもので、藤の花の美しさを鑑賞していたことが分かります。
平安時代に書かれた枕草子でも、藤は「あてなるもの(上品なもの)」として描かれるなど、平安時代以降も多くの詩歌や文学の題材として愛されました。

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ちなみに、蔓性の植物である藤はほかの植物などに絡んで成長することから、松の木に絡ませて生育することが一般的だったようで、平安時代以降の和歌には、松にかかる藤を詠ったものが多くあります。
藤枝宿の名前の由来になったという説もある「松に花咲く藤枝の一王子 宮居ゆたかに幾千代を経ん」という和歌に「松に花咲く」と詠われているのも、こうした流れを汲んでいるといえるでしょう。
江戸時代になると藤の栽培がさらに盛んになり、「藤棚」が作られるようになります。
浮世絵や江戸の名所図会などにも神社やお寺の境内などに藤や藤棚が描かれました。
歌川広重の晩年の名作「名所江戸百景 亀戸天神境内」は特に有名で、江戸の人々も藤の名所で花見を楽しんだことがうかがえます。

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さて、古来日本人に愛されてきた藤。
その名を冠する藤枝宿の現代の藤の名所といえば、蓮華寺池公園です。

蓮華寺池公園では藤の季節になると毎年、藤まつりが開催され、公園内に咲く誇る約20種250本の藤の花や各種イベントを楽しむことができます。
藤枝宿の散策を楽しみながら、その名前の由来ともいわれる藤の花をお楽しみください。

藤まつりについて詳しくは、藤枝市観光協会ホームページをご覧ください。
https://www.fujieda.gr.jp/event/e8490/

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